取捨選択



工務店に入って、モノの見方や選び方が、少し変わったように思います。
私たちの暮らしは、たくさんのモノで溢れています。
けれど、そのすべてを手にすることはできない。
だからこそ、何を選び、何を選ばないのかという取捨選択が、日々の暮らしの中で繰り返されています。
そんな中で、最近考えるようになったことがあります。
一つは、良いモノを長く使うということです。
何を良いモノとするかは、人によって違うと思いますが、私にとっての良いモノとは、素材が持つ本来の特性が活かされた、その素材を理解したつくり手によってつくられた「本物」であることです。
そうしたモノには、工業製品とは違う何かが宿っているように感じます。
実際にモノを見たり、触れたり、使ったりしたときに感じる“違い”。
それが何なのか、まだうまく言葉にはできません。
ただ、その感覚をこれからたくさんの本物に触れることで養っていきたいと思います。
もう一つは、モノ、つくる人、つかう人の関係です。
例えば、器だけを見たときと、そこに料理が盛り付けられたときでは、その器の見え方や魅力は違って感じられます。
モノは、つくり手の意図だけで完成するものではないのかもしれません。
つくり手が込めたものに、つかい手の暮らしや時間が重なることで、モノの魅力は少しずつ変化していく。
モノは、つくる人とつかう人の間にあるものなのだと思います。
そして、つかう人がいるからこそ、つくる人がいる。
そう考えると、建築もまた、大きな“モノ”の一つなのだと思います。
建築という大きな器を、そこで暮らす人のためにつくる。
つくるのは限られた時間です。
けれど、完成してから人がそこで暮らし、使っていく時間は、その何倍も長い。
だからこそ、つくるその一瞬には、できる限りの熱量を注ぎ込みたい。
そして、完成した瞬間が終わりではなく、そこから使う人の暮らしが重なっていくことで、その建築が少しずつその人の“モノ”になっていく。
モノをつくるということは、形をつくることだけではなく、その先にある時間や、人との関係までつくることなのかもしれません。
写真は現在進行中の現場です。
去年の11月に建前を迎えてから約半年、だんだんと暮らしをイメージできる形になってきました。
設計・柴野








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